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K.K.コーポレーション事務所の応接室。
藍華とりおんは、SPを傍らに伴ったある老紳士と向かい合って座っていた。
穏やかな物腰とは裏腹に、心の奥に黒いものを秘めた視線と声。
その老年は、かつて藍華達にラグの調査を依頼してきた者である。
「あの時は、色々と大変だったようだね。」
「お蔭様で。今日はどういったご用件で?」
何食わぬ顔をして掛けられた老紳士の言葉に、
藍華は極めて事務的に抑揚をつけずに答えた。
「これは随分と嫌われてしまったな。
ただ、私は君のことを高く評価している。それだけは信じて欲しい。
今回、ここに来たのは君にまた調べて欲しい場所があるのだ。」
老紳士の言葉に合わせ、SPが資料を机に広げる。
「この研究施設の内部調査をして貰いたい。」
そこは人里から離れた山間に存在し、いくつもの工場プラントと研究棟を有する、
街と呼べる程の巨大な施設であった。
「表向きは、ドイツの医療機器及び製薬会社の日本支社工場となっているが、
その実は、とある日本企業が違法な実験をするために作ったものだ。
研究員達の国籍は様々だが、他の職員は全て日本人であり、
そして、どういった意図であるか不明なのだが、衛兵のほとんどが女性なのだ。
そこで、潜入には君と、そちらの彼女の2人でやって貰いたい。」
髪の色など藍華の容姿は少し日本人離れしている所もあるが、
それでも、顔立ちはやはり日本人のものであるし、
また、言語の問題から、海外のエージェントに任せることに出来ない仕事である。
何故、この依頼が自分の所に来たのか? 
この疑問に対する答えを示されるが、藍華は老紳士への警戒を怠らなかった。
「調べて欲しいという研究の内容は?」
「人体実験。」
老紳士が間も空けずに返してきた言葉に無表情を貫いていた藍華の顔に
一瞬僅かな陰りが現れる。
「まず手付け金として100万、ラボの内部写真で500万、
更に詳しい研究データも盗み出すことが出来ればプラス1000万。
衛兵の服や偽造IDカード等必要な物は全てこちらで用意する。
もちろん、返事は今すぐでなくても構わないが、
実験はその間にも進んでいることは理解しておいて欲しい。
それでは、これが連絡先の電話番号だ。
明後日の午後3時まで繋がるようにしてある。」
老紳士はほとんど一方的に話しを済まして、電話番号のメモを机に置くと、
早くも帰る準備を始める。
「良い返事を期待しているよ。」

老紳士が去ったばかり部屋で、藍華はソファから立ち上がり
窓の外を眺めながら思考を巡らせていた。
「藍華さん、どうします?」
ソファに腰掛けたままのりおんが頼りなく尋ねる。
りおんにこのような裏世界の危ない仕事をさせるなんて、
絶対に避けるべきことであり、
また、あの老紳士とはハーゲンの一件でわだかまりがある。
藍華自身もその一件を反省し、このような仕事から、もう手を引こうと決めていた。
本来なら、すぐに断る話であるが、藍華達には断りきれない事情があった。
10日程前、郷造と道草が商談の帰り、車で移動中に大事故に巻き込まれたのだ。
すぐに病院へ運ばれるが未だに面会謝絶のままの重体、車は大破、
当事者も東南アジア系の男と言うだけで身元不明。
本業であるサルベイジャーの仕事も、これでは大分制限されてしまう。
郷造達の入院費のことなどを考えると、
りおんと2人だけで出来る大きな仕事は魅力的だった。
老紳士が裏社会に強い影響力を持っているということは、
金銭上の取引については一応信頼できるとも考えられる。
また、零細企業である自分達をわざわざ罠に嵌める理由が彼にはない。
藍華は深く目を閉じ、人体実験という言葉と、幼少期の自分を重ねる。
「りおん、この仕事受けましょう。貴方は、絶対私が守るから安心して。」

………

依頼承諾の連絡を入れると、すぐに100万が振り込まれ、
その日にうちに老紳士の秘書と名乗る女性が再び事務所に訪れた。
藍華とほぼ同じ年齢で、なかなかの美人である。
「この件に関し色々と準備していたもので、先程は同席できず失礼致しました。」
今まで裏の仕事も随分と手伝わされたのかグレーのパンツスーツと相まって、
静けさすら感じる落ち着いた言動が印象的だった。
「早速で申し訳ないのですが、急を要する案件でして、
このまま私と一緒に現地に向かい、今晩、潜入を試みて頂けますでしょうか。」

藍華達は何の準備をする間を与えられず、
老紳士の秘書が駆るスポーツカーに乗せられ、研究施設から一番近い街に着くと、
今度は4WDの小型オフロード車に乗り換えさせられる。
「研究施設への道は1つしかなく、そこを使うとあまりに目立ち過ぎるので、
この車で山道を抜け施設の近くまで行く予定です。」
乗り換えた車は空調の調子が悪いらしく、1時間も車に揺られていると、
藍華とりおんは背中やお尻をしっとりと汗で濡らし始めるのだが、
秘書は汗をかいている様子はまるでなく平然と運転を続けていた。
「時間も押し迫っているので、運転しながらですが、
簡単に今回の作戦の概要を説明いたします。
あの施設には毎日夜9時にその日の最終便として
トラックによる物品の搬入があるのですが、
そのトラックに忍び込んで、そのまま施設内に入り、
あとは事前調査で調べ上げた地図を元に、
目的のラボへと向かって頂きたいと思います。
脱出の際は潜入時と同じ方法を使うか、
状況に応じ皇さんの方で判断して下さい。
かつて、裏社会で名を馳せた貴方ならこのような仕事は簡単でしょう?」
ルームミラー越しに藍華の顔を覗く秘書の目が不敵に笑う。
藍華もそれに気づき不快感を露にした視線をぶつける。
「本当に予定通りに行けばね。」
「それもそうですね。」

更に30分程車が走ると、木々の隙間に研究施設と、
それに向かう唯一の舗装道路が確認できる場所まで来ていた。
「さあ、着きましたよ。まず、こちらに着替えて下さい。」
すでに時間は午後8時を過ぎている。
藍華とりおんは秘書から衛兵の服を預かり、草木の陰に隠れた。
「あ〜あ、結構汗吸っちゃってる。下着も替えたかったですね。藍華さん。」
「仕方がないわ。りおん、我慢しましょう。
こんな仕事早く終わらせて帰りましょう。」
汗で張り付き深く食い込んだショーツを直しながら、藍華が諭すように答える。
「そうだ、さっき温泉を見かけたんですけど、帰る前に入っていきません。」
「でも、社長達のことが…」
「確かにパパ達のことも気になるけど、
私達の頑張りを知れば、その位許してくれるよ。ねぇ? 行きましょう?」
こうなった りおんを止められないのを、藍華はよく知っていた。
「しょうのないコね。」
「確かに本当にしょうのない人達ですね。まだ着替えが終わってないなんて。
時間がないのは分かっているでしょう?」
車の中で煙草をくゆらせていた秘書がいつの間にかすぐに近くに立っており、
下着姿だった藍華達はドキリとし、慌てて脱いだブラウスで前を隠す。
「キャッ! はい、すいません。すぐに着替えを終えます。」
「なるべく早くして下さいね。」
素直に自分の非を認め、頭を下げる藍華を見る秘書の目が
苛立ちだけでなかったことを暗がりだったため藍華は気づかなかった

 





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